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名古屋地方裁判所 昭和48年(レ)20号 判決

控訴人

鈴木芳三

右訴訟代理人

伊藤敏男

被控訴人

人見廣治

右訴訟代理人

田中一郎

主文

一、本件控訴を棄却する。

二、控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一占有権に基づく明渡請求につき

〈証拠〉によれば、

「控訴人は、昭和四七年二月二一日、本件建物の賃借人と称する「はす」との間で本件建物の明渡契約を結び、同年同月末日までに右「はす」をして本件建物内にあつた家財道具などの物品一切を搬出させ、前同日同女に対し立退料名下に金一〇〇万円を交付するのと引換に同女から本件建物の引渡を受け、従前から存した建物出入口の鍵をつけ替えてみずから保管し、建物内部の清掃や建具の修理をなし、もつぱら控訴人の管理支配する建物としてこれを占有してきた。

ところが、同年四月初旬ころ、被控訴人が控訴人に無断で、控訴人の設置した鍵をとり壊して本件建物内に立ち入り、その後今日まで被控訴人において本件建物を管理支配し、控訴人は右建物に立ち入ることもできないこと。」

が認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実によれば、控訴人は、昭和四七年二月二八日以降本件建物を占有していたものであるところ、同年四月上旬ころ、その意思に基づかずに被控訴人によつて本件建物の所持を奪われたといえるから、控訴人は被控訴人に対し本件建物の返還(明渡)を求める権利を有するものと一応認められる。

しかし〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

「被控訴人は、昭和三四年控訴人との間で本件建物につき賃貸借契約を結んでそのころ引渡をうけ住居として使用をはじめたが、本件建物には当初被控訴人とその妻子のほか、妻の義父母である「正夫」、「はす」(当時は両名とも山口姓)の両名が同居していたものであるところ、昭和四一年にいたり被控訴人の妻は、被控訴人の実父の旅館の仕事を手伝うため、子供ともども名古屋市千種区内の右実父のもとへ居を移し、つぎに、「正夫」が昭和四六年九月頃本件建物から退去し、さらに、「はす」も同年一一月ころ他へ転居し、なおこれに先立つ昭和四三年ころから同居人となつていた訴外鈴木征二夫婦も同年年末ころまでに本件建物から立退いたという状第で居住者の変動があつたけれども、被控訴人自身は終始一貫本件建物を生活の本拠として使用占有してきていた(もつとも、被控訴人の職業が自動車の陸送運転手であることと、妻子が親元で暮らしていたことから、被控訴人は本件建物に一週のうち数夜寝泊まりするだけであつたが、その家財道具は置かれていたし、もともと被控訴人は右の職業柄、早寝早起をする必要があつたがその親元は旅館業等を営んでいて被控訴人の安眠に不向であつたので、本件建物をその安眠のために借りたのであつた)。

ところで、被控訴人は昭和四七年二月の二〇日過ぎころ、親族の事故のため、妻とともに長期の旅行にでかけたのであるが、前認定のとおり、控訴人はそのころ、被控訴人をさしおき「はす」に対してのみ本件建物の明渡を働らきかけ、生活に困窮していた「はす」もまた立退料欲しさに被控訴人に無断で本件建物内にあつた被控訴人の家財道具一切を他に搬出し、控訴人において本件建物に新たな施錠をなしその管理支配をはじめた。被控訴人は旅行から帰つた同年三月下旬頃本件建物に赴いたが、自己が設置したことのない錠がかかつていて建物内に立ち入れなかつたので「はす」らに事情を問い合わせてその間の事情を知り、奪われた建物の支配を取戻す意図のもとに同年四月上旬ころ、控訴人の設けた鍵を除去して本件建物内に入り、本件建物を従来どおり自己の賃借建物として使用するに至つた。」

以上の認定事実によれば、なるほど被控訴人は控訴人の本件建物に対する支配を奪つているが、右の奪われたという控訴人の支配すなわち控訴人が本訴において回復を求める占有は、被控訴人がかねて長期間にわたつて継続してきた支配を排除して設定された占有であり、かつ、前記の被控訴人の手による侵奪は、排除されて間がない同人の従前の支配状態を復元する結果として生じたという関係にあることが明らかである。そうすると被控訴人は元来控訴人に対し占有回収の訴をなしうる者であつたのであり、被控訴人が控訴人の占有を奪つた行為は、継続していた被控訴人の占有状態を顕在化した行為に過ぎないから、かような場合控訴人の側からの占有回収の訴は許されないものと解すべきである。

二所有権に基づく明渡請求につき

控訴人が、本件建物を所有し、被控訴人が昭和三四年頃控訴人代理人たる控訴人の母からこれを賃借してこれの引渡をうけたこと(但し賃料の点は除く。〈証拠〉によると、賃料は当初一か月一万円、その後一カ月一万二、〇〇〇円になつたことが認められる。)は、当事者間に争いがない。そこで再抗弁について判断する。

1  控訴人は、まず、本件建物賃借権が被控訴人から「はす」へ移転したと主張するものであるところ、右にいう「移転」の法律的意義は必らずしも明瞭ではないが、第一項で認定のとおり、本件建物の居住者中、退去せずに残つたのは「はす」ではなく、被控訴人であるから、控訴人の右主張は前提を欠き採用できない。

2  つぎに控訴人は、被控訴人代理人「はす」との間で本件建物の賃貸借契約を合意解約したと主張するが、「はす」が右のような代理権を授与されていたことを認めるに足りる証拠はない(前掲甲第二号証には「はす」が借主として署名押印しているが、契約条項中に被控訴人を同居者の一人と表示していることに照らし、右の借主が借主代理人の趣旨とはとうてい解しえず、他に「はす」が被控訴人の代理人として行動したことをうかがわせる証拠すらない。)。

3  さらに控訴人は表見代理を主張するが、「はす」がなんらかの範囲の代理権(基本代理権)を有していたことを認めるに足りる証拠はない。この点につき控訴人は、「はす」が本件建物の賃料の支払をなすにつき代理権を有していたと主張するが、賃料の支払は法律行為ではないのみならず、〈証拠〉によれば「はす」は被控訴人から預託された金員を賃貸人に手渡していたに過ぎず、いわゆる使者であつたと認められるから、「はす」に代理権を認める余地はない。

三結論

以上認定したところによれば、控訴人の本訴請求は理由がないものとして棄却すべきである。

よつて、右と結論を同じくする原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(海老塚和衛 秋元隆男 川上拓一)

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